札幌地方裁判所 平成5年(行ウ)6号 判決 1997年10月17日
札幌市北区新琴似六条一六丁目三番四号
原告
栗原之雄
右訴訟代理人弁護士
鶴見祐策
札幌市東区北一六条東四丁目
被告
札幌北税務署長 大下光雄
右指定代理人
千葉和則
同
林俊豪
同
大谷久
同
坂下晃庸
同
房田達也
同
大場烈
同
沢田和宏
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一申立
一 被告が、原告の昭和六二年分ないし平成元年分の所得税の確定申告につき、平成三年二月二五日にした、昭和六二年分の総所得金額一五六万〇八五九円を超える額、昭和六三年分の総所得金額一九六万七〇二七円を超える額、平成元年分の総所得金額二三五万四三一一円を超える額についての各更正並びに過少申告加算税を賦課する旨の決定をいずれも取り消す。
二 被告が、原告の昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税の申告納付につき、平成三年二月二五日にした、課税標準額五三〇三万一〇〇〇円を超える額についての更正を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が、昭和六二年分ないし平成元年分の所得税の確定申告及び昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税の申告をしたところ被告が、平成三年二月二五日、右申告に対し、更正及び過少申告加算税を賦課する旨の決定並びに消費税の更正をしたため、原告が、異議申立て、審査請求を経たうえ、原告の申告額を超える部分の右各処分の取消しを求めた事案である。
一 前提となる事実(当事者間の争いのない事実については特に証拠を掲記しない。)
1 原告は、昭和六二年ないし平成元年当時、石狩郡石狩町花川南において板金工事業を営み、所得税につき、いわゆる白色申告による申告を、消費税につき、小規模事業者の納税義務の免除が適用されなくなった場合等の届出(消費税法五七条一号)及び中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例の適用(消費税法三七条一項)を受ける旨の届出をし、その届出に基づいて申告をしていた者である。
2 原告は、原告の昭和六二年分、昭和六三年分及び平成元年分(以下「本件各係争年分」という。)の各所得税並びに昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税の確定申告にあたって、確定申告書に各々次のとおりの記載をして法定申告期限までに提出した。
(一) 昭和六二年分所得税
(1) 総所得金額 一五六万〇八五九円(内訳 事業所得一五六万〇八五九円)
(2) 納付すべき税額 七万九三〇〇円
(二) 昭和六三年分所得税
(1) 総所得金額 一九六万七〇二七円(内訳 事業所得一九六万七〇二七円)
(2) 納付すべき税額 二万一四〇〇円
(三) 平成元年分所得税
(1) 総所得金額 二三五万四三一一円(内訳 事業所得二三五万四三一一円)
(2) 納付すべき税額 三万四九〇〇円
(四) 昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税
(1) 課税標準額 五三〇三万一〇〇〇円
(2) 納付すべき税額 三一万八一〇〇円
(なお、課税標準とは、課税資産の譲渡等〔消費税法七条一項、八条一項その他法律又は条約の規定により消費税が免税されるものを除く。〕の対価の額〔同法二八条一項〕をいい、課税標準額とは、その期間中に国内において行った課税資産の譲渡等に係る課税標準である金額の合計額〔同法四五条一項一号〕をいう。)
3 被告は、本件各係争年分の確定申告に対し、所得税法一五六条に定める推計課税により、平成三年二月二五日付けで各々次のとおりの更正処分及び賦課決定処分をした(以下、本件各係争年分の所得税の更正処分を「本件所得税の更正処分」と、本件各係争年分の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」と、両者を合わせて「本件所得税の更正等処分」と、平成元年分の消費税の更正処分を「本件消費税の更正処分」とそれぞれいい、右各処分を合わせて「本件各処分」又は「本件推計課税」という。)。
(一) 昭和六二年分所得税
(1) 総所得金額 九五〇万一一七一円(内訳 事業所得九五〇万一一七一円)
(2) 納付すべき税額 一八七万一四〇〇円
(3) 過少申告加算税 二四万三五〇〇円
(二) 昭和六三年分所得税
(1) 総所得金額 九八〇万六四三八円(内訳 事業所得九八〇万六四三八円)
(2) 納付すべき税額 一五六万五四〇〇円
(3) 過少申告加算税 二〇万六〇〇〇円
(三) 平成元年分所得税
(1) 総所得金額 一二一六万〇九三九円(内訳 事業所得一二一六万〇九三九円)
(2) 納付すべき税額 二二八万二四〇〇円
(3) 過少申告加算税 三一万一〇〇〇円
(四) 昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税
(1) 課税標準額 六九五八万八〇〇〇円
(2) 納付すべき税額 四一万七五〇〇円
4 原告は、本件各処分に対し、平成三年三月七日付けでそれぞれ異議申立てをしたが、被告は、平成三年六月二八日付けで右異議申立てを棄却する旨の決定をした。
原告は、国税不服審判所長に対し、被告のした本件各処分につき、本件所得税の更正等処分については平成三年七月二四日付け(同日受付)で、本件消費税の更正処分については同月二六日付け(同月二九日受付)で、審査請求の申立てをした。
右国税不服審判所長は、平成四年一二月一八日付けで右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、同月二六日、右裁決が原告に送付された。
二 主たる争点
1 推計課税の必要性
(一) 被告の主張
(1) 所得税法一五六条に定める推計課税とは、<1>納税者が帳簿書類を備えつけていない場合、<2>備えつけていたとしてもその記帳が不正確で信頼性に乏しい場合、<3>納税者が帳簿書類の提出を拒否するなど税務署長の調査に協力しない場合などの理由により真実の所得金額の把握ができない場合において、直接資料によらず各種の間接的な資料を用いて、真実の所得金額に近似すると推認される金額を算定し、これを税法上にいう所得金額として更正決定又は賦課決定する方式である。
被告の所部係官である相沢忠彦(以下『相沢』という。)は、以下のとおり、原告の本件各係争年分の所得税の確定申告及び平成元年分の消費税の確定申告に係る調査をした。
イ 相沢は、原告の本件各係争年分の所得税の確定申告及び平成元年分の消費税の確定申告に係る調査のため、平成二年九月一二日、原告の自宅に赴いたが、原告が不在であったので、原告の妻に対し、右所得税及び消費税の調査のため同月一九日午前一〇時に再度来訪すること及び確定申告関係の書類を取り揃えておくことを原告に伝えるように依頼した。
ロ 相沢は、平成二年九月一九日、原告の事業所に赴き、原告から取引先等の事業概況を聴取するとともに、本件各係争年分の所得金額の計算内容を明らかにするよう求めた。相沢は、原告から、本件各係争年分についての収支の計算書の提示を受けたので、更に右計算書の基となった帳簿書類を提示するよう求めたところ、原告は、「帳簿の記帳は一切していない。現金、小切手や手形による売上は必ず領収証を書いているから、振込入金以外の売上は、この領収証控えの綴りを見れば全部分かる。」などと言って、取引先別の四冊の領収証控えの綴り及び株式会社北洋銀行新琴似支店(以下「北洋銀行」という。)の当座勘定照合表を提示し、当座勘定照合表について「銀行に行って調べれば分かるだろう。」というのみであった。相沢は、収支の計算書の内容を書き写し、四冊の領収証控えの綴りを預かり、必要があれば銀行を含めて反面調査をする旨告げた。なお、原告は、本件各処分後において、右四冊の領収証控えの綴りの外もう一冊の領収証控えの綴りを提出しており、証拠書類を隠していたことが明らかである。
ハ 相沢は、調査の結果、計上漏れとなっている売上が把握されたことから、事前に連絡したうえ、平成二年一〇月一八日、原告の事業所に赴き、提示を受けた領収証控えになく、計上漏れとなっている現金・小切手等による売上について原告に説明を求めたところ、原告は、「分からん。」「知らん。」の一点張りで明確な回答をしなかった。
ニ 相沢は、平成二年一二月七日、原告の事業所に赴き、再度、領収証の控えのない売上の存在について原告に説明を求めたところ、原告は、「売上の一部を除外して、除外した売上に係る領収証を破棄している。提示した以外の書類は、捨てたので残っていない。」などと述べて、何ら書類を提示しなかった。相沢は、原告に対し、多額の売上除外があり、帳簿も作成されておらず、証拠書類も保存されていない状況であれば、推計により原告の所得金額を算定せざるを得ないこと等を告げた。
ホ 相沢は、平成三年二月五日、原告の事業所に赴き、仕入材料の棚卸しの有無を質問したところ、原告は、「在庫はほとんどないので棚卸しはしていない。」旨答えるのみで棚卸しの事実を明らかにする書類を何ら提示しなかった。また、原告は、消費税の申告に関する当該期間の課税資産の譲渡等の対価の額を明らかにする帳簿書類についても、特に消費税用の帳簿はつけていないなどと述べるのみで、課税標準額を取引実績額で算定するに足る資料を何ら提示しなかった。
(2) 被告は、以上のとおり、原告が相沢の調査に協力せず、売上について計上漏れがあることを指摘されて始めて計上漏れを認めたものの、それ以外にも多額の売上除外があり、日々の取引が継続的に記入された帳簿も作成されておらず、証拠書類も完全に保存されていない状況であり、除外した売上に係る領収証は破棄しているなどと述べて、証拠書類の提出を渋り、提出を受けた領収証控えの綴りも全部ではなかったことなどから、原告の真実の所得金額を把握できなかったため、平成三年二月二五日付けで、原告の本件各係争年分の所得金額を推計して本件各処分をしたものであり、加えて、原告の主張する本件各係争年分の総収入金額及び工事原価の金額が、確定申告時の金額、審査請求時の金額、本件訴訟における主張金額で相互に矛盾し、一貫性がないこと等を考慮すると、本件各処分につき推計課税の必要性が存したことは明らかである。
(3) 原告は、被告の本件各処分に関する質問調査権の行使に違法がある旨主張するが、以下のとおり、被告の質問調査権の行使については何らの違法性も存在しない。
イ 調査権限を有する税務職員は、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁・内容、帳簿等の記入・保存状況、相手方の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要がある場合に、所得税法二三四条一項に規定する質問調査権を行使することができる。客観的な必要がある場合とは、確定申告にかかる課税標準又は税額等が過少であるなどの疑いが認められる場合に限らず、広く納税者の申告の適否を調査する場合を含むと解されている。
被告は、原告から提出された本件各係争年分の確定申告書の内容を検討したところ、好況業種と認められるにもかかわらず収入金額が低調であること及び収入金額に比べて所得金額が低調であることなどから、原告の申告内容が適正であるか否かについて調査を行う必要があると認め、相沢に原告の所得税及び消費税の調査を命じたものであり、調査の客観的必要性が存在した。
ロ 税務職員が所得税法二三四条一項に規定する質問調査権を行使するに当たって、調査対象者に対し、実施の日時場所の事前通知をすること等は、法律上の要件とされているものではなく、質問検査の必要があり、これと調査対象者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、事前通知をするか否かなどの事項は税務職員の合理的選択に委ねられている。
相沢は、平成二年九月一二日については、事前の連絡なしに原告の自宅に赴いたが、そのときにおいても、原告が不在であったため、原告の妻と面接し、次回調査予定日を約すとともに、確定申告関係の書類を取り揃えておくよう原告に伝えることを依頼したのみであり、右行為が社会通念上相当な限度にとどまることは明らかであるから、この点で相沢の質問調査権の行使に違法な点は存在しない。
ハ 相沢は、原告が以前に民主商工会の会員であったことがあることは認識していたものの、本件税務調査当時、原告が同会の会員であったかどうかは知らなかったのであり、原告が民主商工会の会員であることを意識して調査を行ったことはなく、調査自体、社会通念上相当な範囲内で行われたものである。
(二) 原告の主張
(1) 原告は、相沢の要請に従って「調査」に全面的に協力し、要求された資料はそのまま提出し、反面調査にも協力しているのであって、相沢が適法かつ適切な質問検査を行っていれば、収支実額の把握は容易であった。被告は、原告の申告には一部に売上漏れがあった旨主張するが、それは原告が受注した工事を他の業者にそのままの金額で丸投げした工事についての見解の違いであり、原告が本訴訟で主張している取引で本件各係争年分の取引は手一杯であり、それ以外に売上は存在しない。仮に売上漏れと認定されるとしても、その金額を加算して補えば足りるわけで、現に原告は、所得金額を実額をもって主張しているのであり、売上額全体を否定して、全面的に間接事実により多額の推計をすることが適正な課税上必要な措置と解することはできない。被告は、原告の帳簿書類の不備をあげつらうが、白色申告者には青色申告者と異なり簡易な記帳が認められているのであって、理由がない。原告は、大学ノートやメモ用紙、チラシの裏などを利用して記帳していたところ、相沢からそのようなものは証拠資料にならないと言われ、それ以上提示しなかったものである。本件について、推計課税の必要性は存在しなかったものである。
(2) 被告のした質問検査は、以下のとおり違法であり、推計課税の必要性は存在しなかったというべきである。
イ 確定申告書に記載された所得金額(課税標準)を否認して課税庁が更正処分を行う場合、所得金額の認定は、あくまで実額によるのが原則であって、推計による方法が許される場合は、厳格な要件のもとで例外的に認められるにすぎない。そして、国税通則法二四条は、納税申告書に記載の課税標準又は調査したところと異なるときは、その調査により更正すると定めているが、ここでいう調査とは、それが法理的要件を備え、社会的に相当と認められる方法と態様で行われるものでなければならない。
ロ 税務職員が所得税法二三四条一項に規定する質問調査権を行使するためには、税務調査の客観的な必要性を具備していることを要し、かつ、その行使の方法において右の必要性と調査対象者の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度を超えるものであってはならない。被告は、原告に対する税務調査及び質問検査の必要性について具体的に明らかにせず、単に、「好況業種と認められるにもかかわらず収入金額が低調である」、「収入金額に比べて所得金額が低調である」などという抽象論を述べるのみであり、原告について税務調査の客観的な必要性があったとは認められない。
ハ 税務調査の客観的な必要性があった場合であっても、その必要性の度合いに応じた節度のある質問検査の方法が取られるべきところ、相沢は、臨場調査にあたって、調査のポイントやそれに関する資料を事前に検討した形跡が認められず、しかも「事前通知の励行に努めよ」という国税庁の「税務運営方針」に反し、最初の臨場にあたって事前通知を行っていないなど、節度のある質問検査の方法を取らなかった。
ニ 税務当局は、かねてから民主商工会を敵視し、強権的な税務調査や推計による課税処分の濫用によって、全国的にその組織破壊を系統的に行ってきたものであるところ、本件各係争年分の調査を担当した相沢は、民主商工会の会員を対象とする部署に所属しており、原告が民主商工会の会員であることを知っていた。被告は、民主商工会の組織破壊の一環として、推計の口実をもうけて多額の増差を原告に押しつけ、修正に応じなければ更正処分と加算税の報復を加えるという筋書きに基づき、質問検査について通常の納税者とは異なる対処をしたものであり、このような質問検査が「社会通念上相当な限度」を逸脱し、違法であることは明らかである。
2 推計課税の合理性
(一) 被告の主張
(1) 推計の合理性及び所得税の更正処分の適法性について
イ 所得税法一五六条は、所得の推計方法の大要を例示しているところ、最も多く用いられる推計方法は、比率法、すなわち、収入、支出又は生産高、販売高等の数額が判明した場合に、その数額に対して特定の比率をもって所得金額又はその前提をなす売上総額、仕入総額を推計し、所得税を算定する方法である。右特定の比率は、大別すると、本人比率、所得税比率、同業者率、実調率の四通りがあり、そのうち同業者率による推計方法(以下『同業者比率法』という。)は多くの裁判例で認められており、本件も同業者比率法によって、原告の所得を算定している。
ロ 被告は、同業者比率法の適用に当たって、原告の事業所所在地を管轄する札幌北税務署及びその隣接署である札幌中・札幌西・札幌南・小樽・岩見沢・滝川の各税務署(以下「抽出対象署」という。)が管轄する納税者のうち、原告と同業の板金工事業を営む個人事業者であって、かつ、次の項目のすべてに該当する者を抽出した。
<1> 所得税の青色申告署を提出している者で、かつ、抽出対象署の管内に事業所を有する者
<2> 板金工事以外の業種目を兼業していない者
<3> 各係争年分の原価の額が原告の原価の額の〇・五倍から二倍の範囲内にある者(いわゆる倍半基準)
<4> 年間を通じて継続して事業を営んでいる者
<5> 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
<6> 国税通則法の規定に基づく不服申立てがされ、現在その審理ないし訴訟が係属中でない者
原告は、本件各係争年において、石狩郡石狩町花川南に事業所を構え、専ら板金工事業を営み、かつ、年間を通じて営業しているため、右<1>ないし<4>の基準を設定した。また、災害等により経営状態が異常であると認められる者は、類似性を有する同業者の範囲から除外すべきであり、課税処分に関し、不服申立てや取消訴訟を提起している者は、収入金額や経費等の額が最終的に確定していないため、平均値算定の対象から除外せざるを得ないため右<5>及び<6>の基準を設定した。
札幌国税局長は、平成五年八月二〇日、抽出対象署の各署長に対し、通達をもって右<1>ないし<6>の基準に従い同業者を抽出するよう命じ、抽出対象署の各署長は、右基準に忠実に従い公正かつ正確に同業者を抽出したところ、適合する同業者として、札幌西・札幌南・岩見沢・滝川の各税務署管内の納税者から、別表3のAないしDの「対象者」欄に記載の四名(以下「本件類似同業者」という。)が抽出された。
かかる抽出基準及びそれに沿う抽出は、原告の営む板金工事業と業種、業態、事業内容、規模等主要な点において類似している同業者を機械的に抽出したものであり、その抽出に当たって被告の恣意が介在する余地はなく、公平妥当なものであるから、本件類似同業者の原価率及び所得率の平均値を適用して原告の事業所得の金額を推計することには合理性がある。
原告は、工事全体に占める特定の発注業者(松本建工株式会社〔以下「松本建工」という。〕)の割合が八〇パーセントを超えるという原告の特殊性を考慮して類似同業者を選定すべきである旨主張するが、原告は真実の総収入金額を明らかにしていないことからして、工事全体に占める特定の発注業者の割合が八〇パーセントを超えるという主張自体に根拠がないうえ、同業者比率法による推計の場合には、受注割合の違い等の業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、それが当該平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでない限り無視し得るところ、原告について、そのような顕著な営業条件の差異は存在しないから、類似同業者の選定過程に不合理な点は存在しない。
ハ 本件各係争年分の原告の事業所得は、取引実績額により把握した原告原材料の仕入金額を基礎数値とし、原価率及び所得率につき同業者比率法によって、計算すると、以下のとおり、別表1記載のとおりとなる。
<1> 原告の原材料の仕入先等の調査によると、原告の原材料の仕入金額は、別表2記載のとおりである。
原材料の棚卸金額については原告が証拠書類を提出しなかったこと、原告の各係争年分中における事業の種類、形態及び規模等に変化がなく、各係争年分の年初及び年末における棚卸金額に相当の変動があるとする格別の理由も認められないことからすると、各係争年分の年初及び年末における棚卸金額は、それぞれ同額であると認められる。
右により本件各係争年分の原告の原材料費の額(以下『原価の額』という。)は、別表2記載の仕入金額の合計額と同一の金額になり、昭和六二年分が二七二八万九二四二円、昭和六三年分が二八一八万六九一八円、平成元年分が三二五一万二三七七円となる。
<2> 本件類似同業者の本件各係争年分の総収入金額、原価の額及び原価率(総収入金額に対する原価の額の割合)は、別表3のAないしDに記載のとおりであり、右原価率の平均値は、昭和六二年分が四三・〇七パーセント、昭和六三年分が四二・八三パーセント、平成元年分が四一・六八パーセントとなる。
<3> 右<1>の原告の本件各係争年分の原価の額を右<2>の本件類似同業者の原価率の平均値で除す方法により原告の総収入金額を推計すると、別表1の<3>欄記載のとおり、昭和六二年分が六三三六万〇二〇八円、昭和六三年分が六五八一万一一五五円、平成元年分が七八〇〇万四七四三円となる。
<4> 本件類似同業者の本件各係争年分の総収入金額、所得金額及び所得率(総収入金額に対する所得金額の割合)は、別表3のAないしDに記載のとおりであり、右所得率の平均値は、昭和六二年分が一六・二八パーセント、昭和六三年分が一四・九九パーセント、平成元年分が一五・五九パーセントとなる。
<5> 右<3>の原告の本件各係争年分の総収入金額に<4>の本件各係争年分の本件類似同業者の所得率の平均値を乗じる方法により、原告の本件各係争年分の事業専従者控除額前の所得金額を推計すると、別表1の<5>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇三一万五〇四一円、昭和六三年分が九八六万五〇九二円、平成元年分が一二一六万〇九三九円となる。
<6> 原告の昭和六二年分の事業所得の金額は、原告の妻栗原美惠子が専業専従者と認められることから、右<5>の同年分の所得金額から、事業専従者控除額六〇万円(所得税法五七条三項〔平成二年法律第一二号による改正前のもの〕を差し引き、九七一万五〇四一円となる。
また、昭和六三年分及び平成元年分の事業所得の金額は、事業専従者と認められる者がいないことから、それぞれ右<5>と同額の昭和六三年分が九八六万五〇九二円、平成元年分が一二一六万〇九三九円となる。
ニ 原告の本件各係争年分の総所得金額は、別表1の<7>欄記載のとおり、それぞれ同年分の事業所得と同一であり、本件所得税の更正処分に係る総所得金額(昭和六二年分が九五〇万一一七一円、昭和六三年分が九八〇万六四三八円、平成元年分が一二一六万〇九三九円)を超える額(昭和六二年分及び昭和六三年分)ないしはそれと同額(平成元年分)であるから、本件所得税の更正処分はいずれも適法である。
(2) 本件賦課決定処分の適法性について
イ 本件各係争年分の過少申告加算税の額は、以下のとおりである。
<1> 国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件所得税の更正処分により増加した税額(同法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)である昭和六二年分一七九万円、昭和六三年分一五四万円、平成元年分二二四万円にそれぞれ一〇〇分の一〇を乗じると、昭和六二年分は一七万九〇〇〇円、昭和六三年分は一五万四〇〇〇円、平成元年分は二二万四〇〇〇円となる。
<2> 更に、右増加した税額は、本件各係争年分の申告額及び五〇万円をいずれも超えるものであるから、いわゆる加重分の過少申告加算税の額(国税通則法六五条二項)を計算する必要がある。
右加重分の過少申告加算税の額は、本件所得税の更正処分により増加した税額(同法一一八条三項により一万円未満を切り捨てる前の金額)である昭和六二年分一七九万二一〇〇円、昭和六三年分一五四万四〇〇〇円、平成元年分二二四万七五〇〇円から、同法六五条二項により五〇万円をそれぞれ差し引き、更に、同法一一八条三項の適用により一万円未満を切り捨てた金額(昭和六二年分が一二九万円、昭和六三年分が一〇四万円、平成元年分が一七四万円)にそれぞれ一〇〇分の五を乗じた金額であり、その額は、昭和六二年分が六万四五〇〇円、昭和六三年分が五万二〇〇〇円、平成元年分が八万七〇〇〇円となる。
<3> したがって、過少申告加算税の額は、昭和六二年分が右<1>の一七万九〇〇〇円に右<2>の六万四五〇〇円を加えた額である二四万三五〇〇円となり、昭和六三年分が右<1>の一五万四〇〇〇円に右<2>の五万二〇〇〇円を加えた額である二〇万六〇〇〇円となり、平成元年分が右<1>の二二万四〇〇〇円に右<2>の八万八〇〇〇円を加えた額である三一万一〇〇〇円となる。
ロ 本件賦課決定処分は、右イのとおり、法令の規定に従い、適正にされたものであるから、適法であることが明らかである。
(3) 本件消費税の更正処分の適法性について
イ 消費税法には、所得税法一五六条、法人税法一三一条のように、課税標準額等を推計して更正又は決定ができる値の規定がない。しかし、納税義務者の課税標準額を補足するのに十分な資料がないだけで課税を見合わせることは許されないことからして、右各法条のような実定法上の根拠規定を欠く場合においても、信頼し得る調査資料を欠くために実額課税のできない場合に合理的推計方法をもって課税標準額を算定することは禁止されていないと解される。
被告は、前記二1(一)のとおり、原告の平成元年分の消費税の課税標準額を取引実額で算定することは不可能であったことから、取引実額で把握することができた原告の原材料の仕入金額を基礎数値として、同業者率、すなわち、類似同業者の原価率、課税標準額割合の平均値を適用して原告の課税標準額算定しているところ、類似同業者間にあっては、課税標準額割合は通常同程度であると考えられることから、右推計方法は合理的である。
ロ 原告の消費税の推計にかかる類似同業者は、事業所得に係る本件類似同業者と同じであり、前記二2(一)(1)ロのとおり、本件類似同業者は、原告の営む板金工事業と業種、業態、事業内容、規模等主要な点において類似していること及びその抽出に当たって被告の恣意が介在する余地はなく、公平妥当なものであるから、本件類似同業者の原価率及び課税標準額割合の平均値を適用して原告の事業所得の金額を推計することには合理性がある。
ハ 平成元年分の原告の課税標準額は、取引実績額により把握した原告の原材料の仕入金額を基礎数値とし、原価率及び所得率につき本件類似同業者の原価率、課税標準額割合の平均値を適用して、計算すると、以下のとおり、別表4記載のとおりとなる。
<1> 平成元年分の原価の額は、前記二2(一)(1)ハ<1>のとおり、三二五一万二三七七円となる。
<2> 本件類似同業者の平成元年分の原価率の平均値は、前記二2(一)(1)ハ<2>のとおり、四一・六八パーセントとなる。
<3> 右<1>の原告の平成元年分の原価の額を、右<2>の同年分の本件類似同業者の原価率の平均値で除す方法により原告の平成元年分の総収入金額を推計すると、別表4の<3>欄記載のとおり、七八〇〇万四七四三円となる。
<4> 本件類似同業者の平成元年分の総収入金額、課税標準額及び課税標準額割合(総収入金額に対する課税標準額割合)は、別表5のAないしDに記載のとおりであり、右課税標準額割合の平均値は、八九・二一パーセントとなる。
<5> 右<3>の原告の平成元年分の総収入金額に右<4>の同年分の本件類似同業者の課税標準額割合の平均値を乗じる方法により、同年分の原告の課税標準額を推計すると、別表4の<5>欄記載のとおり、六九五八万八〇〇〇円(国税通則法一一八条一項の規定に基づき一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)となる。
ニ 原告の平成元年分の課税標準額は、右のとおりであり、本件消費税の更正処分に係る課税標準額(六九五八万八〇〇〇円)と同額であるから、本件消費税の更正処分は適法である。
(二) 原告の主張
推計課税は、実額課税ができない場合に例外的、補完的に許されるのであるから、推計方法は、考えられる方法の中でも実際の所得金額に近似する蓋然性の最も高い唯一のものであることが必要であり、推計方法が具体的事案に最も適合していること、用いられる推計方式自体が合理的であること、推計の基礎事実が客観的かつ正確に把握されていること等の要件が必要であるところ、本件において被告のした本件推計課税は、以下のとおり右各要件をいずれも充足しておらず、合理性を著しく欠くものである。
(1) 被告は、原価率及び所得率を算定する方法として本件類似同業者の抽出の過程とその青色申告の決算書から摘出したと称する数値を主張し、その立証として通達回答方式による書証(乙一七ないし三〇)を提出するが、これは、本訴提起後に本件各処分を維持するために作成されたものであり、信用性のある証拠とはいえない。
(2) 被告は、本件推計課税の基礎となる本件類似同業者の氏名、受注工事、金額別受注先(特定業者からの受注率)、仕事量、使用者の数等を明らかにしない。これでは、本件類似同業者が実在するのか否か、仮に実在するとして、それが原告と比較可能で妥当な同業者であるのか否か等同業者の抽出が適正であるか否かを検討することができず、原告は有効な反証の手段を奪われることになり、不公正である。
(3) 本件推計課税をする手順として最初にされた板金工事業者の抽出は、申告書の業種名目を基にされたものであるが、これは納税者の申告に基づくものであるから必ずしも原告と同種の屋根板金工事業者のみであるとの確実な保証はなく、また、本件類似同業者が基準に従って正しく抽出されたことの検証もされていないものであって、本件類似同業者が原告と比較すべき類似同業者に当たるということはできない。
(4) 原告は、規格建物の大量受注を専門とするハウスメーカーである松本建工からの発注が大部分を占めているうえ、業種も屋根板金工事であるところ、松本建工が薄利多売の方針で営業していて受注単価が他の一般建物を扱う工務店からの受注単価と比較して一〇パーセントないし一五パーセント低く、他方、仕入価格が定価で固定されているため、利益率が低くならざるを得ないという特殊性が存在する。このことは、原告の松本建工以外の発注先からの原価率が四〇パーセントないし四二パーセントであること、松本建工からの発注が減少してきた以降の原価率が低下していることからも明らかである。本件類似同業者には、その原価率からして、むしろハウスメーカーを取引先とする業者は含まれていないと推認され、本件類似同業者の原価率をもって原告の原価率を推計することは不合理であって許されない。
(5) 被告は、所得率の推計について、一般経費と特別経費とを区別しないで一括して推定しているが、人件費等を含む特別経費の支出は事業主体によって個別的要素が強く一般化して考えることは不可能であり、特別経費をも含めて一括して本件類似同業者の所得率を適用することは著しく不合理である。
(6) 本件推計課税に用いられた本件類似同業者の原価率(昭和六二年分が四三・〇七パーセント、昭和六三年分が四二・八三パーセント、平成元年分が四一・六八パーセント)は、後記3(一)記載のとおり、実際の原告の原価率(昭和六二年分が四九・二〇パーセント又は四九・七六パーセント、昭和六三年分が五二・四〇パーセント又は五三・三五パーセント、平成元年分が五一・九四パーセント又は五二・八一パーセント)と大きく乖離しており、この面からも本件推計課税に合理性はない。
(7) 原告の原価率が被告主張の原価率よりも大幅に高いことは、原告が、昭和六二年以降、銀行からの借入の返済を利息のみを支払って猶予してもらっていること、国民金融公庫から借り増しをしていることからも裏付けられる。
3 実額反証の成否
(一) 原告の主張
(1) 昭和六二年分の原価率について
イ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のある工事
松本建工から受注した工事の原価は、屋根板金工事に必要とされる材料の種類と分量が特定され、材料の仕入先、仕入単価が固定されているため、工事用に松本建工から交付された図面から正確に計算することが可能である。
<1> 原告が松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲一ないし一四一)及び松本建工が原告に交付した注文書(甲一四二ないし二九七)とは順次対応する関係にあり、松本建工の工事代金の内訳は別紙一(甲八二五)のとおりであるから、昭和六二年における松本建工の工事代金は別紙四の<1>欄記載のとおり四〇二一万三〇〇〇円となる。
<2> 屋根板金工事に必要とされる資材の名称と形態は、別紙二(甲八二三)のとおりであり、これら資材の仕入単価は、別紙三(甲八二四)記載のとおりであるから、昭和六二年における仕入原価は、二一五一万四〇〇一円となる。なお、右資材の仕入単価は、仕入先である株式会社粟谷商店作成の「請求内訳書」(甲八二七ないし八三七)及び株式会社高伸商事作成の「請求内訳書」(甲八三八ないし八四六)により裏付けられている。
右仕入原価を工事代金で除すると、原告の昭和六二年における原価率は五三・五パーセントとなる。
ロ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事
松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事の工事金額は、註文書、支払通知書、請求書(甲一五〇、一八〇、一九一、二〇〇、二〇一、二〇三、二〇四、二〇九、二四八、二五一、二九七、三〇〇、三〇二ないし三〇四、三〇六、三〇八、三一四)によると、別紙四の<2>欄の記載のとおり三九五万三八〇〇円であるところ、図面の保存のない工事についても、図面が保存されている工事と同様にその原価率は五三・五パーセントと見るのが相当であるから、工事原価は二一一万五二八三円となる。
ハ 松本建工から受注のアフター工事
松本建工から受注のアフター工事金額は、「お支払金通知書」、「請求書」(甲二九八ないし三一〇、三一三、三一四)及び「註文書」(甲二八四)によると別紙四の<3>欄に記載のとおり一八五万六三〇〇円であるから、被告主張の原価率四三・〇七パーセントを採用しても、工事原価は七九万九五〇八円となる。
ニ 松本建工以外の工務店から受注の工事
<1> 松本建工以外の工務店から受注の工事のうち、原価が明らかなものは、別紙四の<4>欄に記載のとおり、工事金額が六八一万七六九〇円(甲一三八〇)、工事原価が二四〇万七三九八円であり、原価率は三五・三一パーセントである。
<2> 松本建工以外の工務店から受注の工事のうち、原価が明らかでないものは、別紙四の<5>欄に記載のとおり、工事金額が四二〇万四八六五円(甲一三八〇)であり、原価率は右イと同様に三五・三一パーセントであるから、工事原価は一四八万四七三八円となる。
ホ 右イないしニを累計すると、別紙四の「総合計」欄記載のとおり、昭和六二年における工事金額は合計五七五六万五六五五円、工事原価は二八三二万〇九二八円となり、原価率は四九・二〇パーセントとなる。なお、松本建工以外の工務店から受注の工事のうち原価が明らかでないものについて被告が主張する原価率四三・〇七パーセント(工事原価一八一万一〇三五円)を適用すると工事原価は合計二八六四万七二二五円となり、その原価率は四九・七六パーセントとなる。
(2) 昭和六三年分の原価率について
イ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のある工事
<1> 原告が松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲三一五ないし四四〇)及び松本建工が原告に交付した注文書(甲四四一ないし五六六)とは順次対応する関係にあり、松本建工の工事代金の内訳は別紙一(甲八二五)のとおりであるから、昭和六三年における松本建工の工事代金は別紙五の<1>欄記載のとおり三六〇七万六〇〇〇円となる。
<2> 屋根板金工事に必要とされる資材の名称と形態は、別紙二(甲八二三)のとおりであり、これら資材の仕入単価は、別紙三(甲八二四)記載のとおりであるから、昭和六三年における仕入原価は、二〇一九万四一一四円となる。なお、右資材の仕入単価は、仕入先である株式会社粟谷商店作成の「請求内訳書」(甲一三九三、一三九六ないし一三九九)及び株式会社高伸商事作成の「請求内訳書」(甲一三九二、一三九四、一三九五)により裏付けられている。
右仕入原価を工事代金で除すると、原告の昭和六三年における原価率は五六パーセントとなる。
ロ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事
松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事の工事金額は、註文書、支払決定通知書(甲八四七ないし八六九、八八一)によると、別紙五の<2>欄に記載のとおり六六七万五〇〇〇円であるところ、図面の保存のない工事についても、図面が保存されている工事と同様にその原価率は五六パーセントと見るのが相当であるから、工事原価は三七三万八〇〇〇円となる。
ハ 松本建工から受注のアフター工事
松本建工から受注のアフター工事金額は、「お支払金通知書」及び「支払決定通知書」(甲八七二ないし八八一)によると別紙五の<3>欄に記載のとおり三九四万三一八〇円であるから、被告主張の原価率四三・〇七パーセントを採用しても、工事原価は一六八万八八六四円となる。
ニ 松本建工以外の工務店から受注の工事
松本建工以外の工務店からの受注工事金額は、六七四万四七二四円(甲一三八五)円(甲一三八五)であるところ、その工事原価が明らかでないので、昭和六二年分の原価率三五・三一パーセントを適用して工事原価を求めると、別紙五の<4>欄に記載のとおり、工事原価は、二三八万一五六二円となる。
ホ 右イないしニを累計すると、別紙五の「総合計」欄記載のとおり、昭和六三年における工事金額は合計五三四三万八九〇四円、工事原価は二八〇〇万二五四〇円となり、原価率は五二・四〇パーセントとなる。なお、松本建工以外の工務店から受注の工事のうち原価が明らかでないものについて被告が主張する原価率四二・八三パーセント(工事原価二八八万八七六五円)を適用すると工事原価は合計二八五〇万九七四三円となり、その原価率は五三・三五パーセントとなる。
(3) 平成元年分の原価率について
イ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のある工事
<1> 原告が松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲五六七ないし六九四)及び松本建工が原告に交付した注文書(甲六九五ないし八二二)とは順次対応する関係にあり、松本建工の工事代金の内訳は別紙一(甲八二五)のとおりであるから、平成元年における松本建工の工事代金は、別紙六の<1>欄記載のとおり三七六七万六〇〇〇円となる。
<2> 屋根板金工事に必要とされる資材の名称と形態は、別紙二(甲八二三)のとおりであり、これら資材の仕入単価は、別紙三(甲八二四)記載のとおりであるから、平成元年における仕入原価は、二〇九八万〇四六八円となる。なお、右資材の仕入単価は、仕入先である株式会社粟谷商店作成の「請求内訳書」(甲一四〇二ないし一四〇五、一四〇七)及び株式会社高伸商事作成の「請求内訳書」(甲一四〇〇、一四〇一、一四〇六)により裏付けられている。
右仕入原価を工事代金で除すると、原告の平成元年における原価率は五五・六八パーセントとなる。
ロ 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事
松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事の工事金額は、註文書、支払決定通知書(甲八八二ないし九一一、九一八)によると、別紙六の<2>欄の記載のとおり九〇四万二七四〇円であるところ、図面の保存のない工事についても、図面が保存されている工事と同様にその原価率は五五・六八パーセントと見るのが相当であるから、工事原価は五〇三万四九九八円となる。
ハ 松本建工から受注のアフター工事
松本建工から受注のアフター工事金額は、「支払決定通知書」(甲九一一ないし九二二)によると別紙六の<3>欄に記載のとおり四〇一万三〇二五円であるから、被告主張の原価率四一・六八パーセントを採用しても、工事原価は一六七万二六二九円となる。
ニ 松本建工以外の工務店から受注の工事
松本建工以外の工務店からの受注工事金額は、八〇五万一九九九円(甲一三九〇。なお、札都住宅及び木村建設からの受注工事のうち、いわゆる丸投げにした工事代金四五〇万五二一三円は除く。)であるところ、その工事原価が明らかでないので、昭和六二年分の原価率三五・三一パーセントを適用して工事原価を求めると、別紙六の<4>欄に記載のとおり、工事原価は、二八四万三一六一円となる。
ホ 右イないしニを累計すると、別紙六の「総合計」欄記載のとおり、平成元年における工事金額は合計五八七八万三七六四円、工事原価は三〇五三万一二六五円となり、原価率は五一・九四パーセントとなる。なお、松本建工以外の工務店から受注の工事のうち原価が明らかでないものについて被告が主張する原価率四一・六八パーセント(工事原価三三五万六〇七三円)を適用すると工事原価は合計三一〇四万四一六八円となり、その原価率は五二・八一パーセントとなる。
(4) 所得税について
イ 原告の昭和六二年分の必要経費は合計二五九一万五一三一円であり、事業専従者控除前の差引所得金額は三三二万九五九六円となる(なお、原告の最終的な主張の売上金額五七五六万五六五五円から原告の最終的な主張の工事原価二八三二万〇九二八円を控除した残額から更に右必要経費二五九一万五一三一円を控除した残額)。
事業専従者控除前の差引所得金額三三二万九五九六円から事業専従者控除額六〇万円を控除すると原告の事業所得の金額は二七二万九五九六円となる。
ロ 原告の昭和六三年分の必要経費は合計二四四五万二四四二円であり(甲一〇九八)、事業専従者がいないので、原告の事業所得は九八万三九二二円となる(なお、原告の最終的な主張の売上金額五三四三万八九〇四円から原告の最終的な主張の工事原価二八〇〇万二五四〇円を控除した残額から更に右必要経費二四四五万二四四二円を控除した残額)。
ハ 原告の平成元年分の必要経費は合計三二四七万一五二〇円であり、(甲一二二八)、事業専従者がいないので、原告の事業所得は四二一万九〇一二円のマイナスとなる(なお、原告の最終的な主張の売上金額五八七八万三七六四円から原告の最終的な主張の工事原価三〇五三万一二五六円を控除した残額から更に右必要経費三二四七万一五二〇円を控除した残額)。
(5) 課税標準額について
原告の昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税の課税標準額は五三〇三万一〇〇〇円である。
(二) 被告の主張
(1) 正当は原価率を算定するためには、原告が行ったすべての工事について、その工事に費消した原材料費の額を実額で計算しなければならないところ、原告の実額による原価率の算定方法は、次のとおり失当である。
イ 松本建工作成にかかる図面に基づく原価計算は、以下のとおり失当である。
<1> 原告提出の図面は、松本建工が作成したことについての立証がされていない。
<2> 原告と松本建工とは単価契約をしているにもかかわらず、原告の主張する単価では積算に問題がある図面が存し、右図面が原告主張の住宅の建築主にかかるものであるか疑義が存し、その対応関係が明らかでない。
<3> 原告提出の図面中には、材料費を一括で記載されているものなど概算で記載されているものがあり、極めて曖昧であって実額で計算できるようなものではない。
ロ 松本建工作成にかかる図面に基づかない原価計算は、以下のとおり失当である。
<1> 原告は、原価を算定できない一部分の工事について、被告主張の原価率を援用しているが、被告が主張する原価率は全体としてのものであるから、これを一部分の工事について援用することはできない。
<2> 原告は、松本建工作成にかかる図面に基づかない工事について、図面の保存されている工事から算定した原価率の平均値を用いて原価を算定しているが、図面の保存されている工事についても個々の工事における原価率については九四・七七パーセント(甲四三八)から三八・一八パーセント(甲六六三)まで大きなばらつきがあり、図面のない工事の原価率が図面の保存されている工事から算定した原価率の平均値と同じであるとの根拠は全く存在しない。また、原告は、図面については車の中に入れておいて紛失することもあると供述してすべての図面を提出しないが、大事な図面を簡単に紛失するとは考えられず、図面を提出しないことによって原告に都合の良い主張をしているというべきである。
<3> 原告は、昭和六二年分の松本建工以外の工事の一部について原価が計算できると主張しているが、その根拠が明らかにされていない。また、原告が松本建工以外の受注単価の証明として提出した書証(甲九二三、九二四)は、原告が作成したものであり、その正確性が立証されていない。
ハ 原告が図面等に基づき正当に算定したと主張する原価の額(原告準備書面一三)と原告提出の書証(甲九六四、一〇九八、一二二八)から算定した原価の額とは次のとおり相違しており、信憑性がない。
年度 原告主張額 書証からの算定額
昭和六二年分 二八三二万〇八八三円 二七二三万一六九九円
昭和六三年分 二八〇〇万二五四〇円 二八五九万一八〇一円
平成元年分 三〇五三万一二六五円 三二四八万八九一七円
(2) 原告主張の実額による所得金額等については、以下のとおりの問題が存する。
イ 所得金額は、会計原則等に照らし、正規の簿記の原則に従って作成された会計帳簿又はこれに準ずる帳簿書類によって真実の所得金額に合致することを通常人が合理的疑いを差し挟まない程度に立証することが必要であるところ、原告は、これらの会計帳簿、帳簿書類を一切提出していないうえ、原告が記帳していると供述する毎日の取引内容を記録した現金出納簿などの帳簿についても提出していないのであって、原告の実額の主張は失当である。
ロ 原告提出の書証のうち、収入金額に関するものは、松本建工からの受注に関する書類と原告作成の請求書控えの一部のみであり、それ以外の売上に係わる書類を一切提出していないから、原告主張の収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての収入金額であることが立証されていない。
ハ 原告は、当初主張していた収入金額以外にも計上漏れとなっていた収入が存在したこと(甲一三七七の二七枚目の一〇月二日のカワマタタカシ、乙三六、三七、三八の1ないし3)を認めているところ、その書証を提出しないうえ、松本建工外のアフター工事の有無を明らかにせず、認めた計上漏れ以外にもマツケンカコウ等について計上漏れがあると考えられる(例えば、甲一三七七の八枚目の三月三一日の二万四八〇〇円の振込、甲一三八二の一八枚目の六月三〇日の二二万三六二〇円の振込)。
(3) 原告の主張の本件各係争年分の必要経費には、以下のとおりの問題が存する。
イ 支払の事実を証する書類等がなく、支出内容等を明らかにする資料の提出もないため、支払年月日、相手先、事業遂行上の関連性が明らかでない。なお、原告は、水道光熱費、交際費、交通費、雑費及び福利厚生費の一部などで概算計上したものがあることを認めている。
ロ 原告提出の支出を証する書証は、単に各年分に支払われたことが分かるのみで支出内容、支出目的等が不明であり、事業との関連性が明らかでないものが含まれており、経費性に疑問が存する。
ハ 人件費について、従業員の就労状況、賃金の計算根拠が不明で、疑問があり(甲一三八八の信雄の稼働日数、就労単価)、賃金の支払を証する資料の提出もない。
ニ 減価償却資産の取得時期、取得価額等を証する書類の提出がなく、減価償却費の計算についてその正否を検討できない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(推計課税の必要性)について
1 各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨によると、本件推計課税がされるに至った経過等について、次の事実が認められる。
(一) 札幌北税務署の所得税の第三部門に所属し所得税及び消費税の調査事務を担当していた相沢は、平成二年九月ころ、佐藤務統括官から、原告の所得税の申告等によると好況業種であるにもかかわらず収入に比べて所得金額が低いので所得金額を確認するため調査を実施するよう指示を受けた(証人相沢)。
(二) 相沢は、原告提出の本件各係争年分の所得税の確定申告書、過去における原告に対する税務調査の結果等を調査したうえ、平成二年九月一二日、事前の連絡なしに原告の自宅に赴いたところ、原告が不在であったので、原告の妻に対し、所得税及び消費税の調査に来たことを伝え、事業の概要を聴取しようとしたが、要領を得ないため、同月一九日に再度臨場すること及び確定申告関係の書類を取り揃えておくことを原告に伝えるよう依頼して引き上げた(証人相沢)。
(三) 相沢は、平成二年九月一八日、原告から、電話で、調査については同日午前中に原告の事務所に来てほしい旨要望されたため、同月一九日午前中に原告の事業所に赴いた。
相沢は、調査に当たって、原告から取引先等の事業概況を聴取するとともに、本件各係争年分の所得金額の計算の基になった書類の提示を求めた。原告は、相沢に対し、原告の売上収入は現金、小切手、手形及び銀行振込があるが、銀行振込については当座預金の照合表を見れば確認でき、そのほかのものについては領収証の控えに残っているものがすべてであり他に計上漏れはない旨述べて、本件各係争年度分についての収支の計算書、北洋銀行の当座預金の照合表、取引先別の売上の領収証の控えの綴り四冊を提示した。
相沢は、原告に対し、日々の取引が継続的に記入されている帳簿書類を提示するよう求めたところ、原告は、そのような帳簿の記帳はしていない旨答えて右帳簿書類の提示をしなかった。相沢は、当座預金の照合表に記載された口座番号等を書き写し、四冊の領収証控えの綴りを預かり、原告に対し、必要があれば銀行を含めて反面調査をする旨告げて引き上げた。なお、原告は、実際にも日々の取引が継続的に記入されている帳簿書類を作成しておらず、大学ノートにメモ書き程度の記帳をしているのみであった(甲一三七九、一三八〇、一三八四、一三八五、一三八六、一三九〇、証人相沢、原告)。
(四) 相沢は、原告から預かった領収証控えの綴り四冊及び部内資料を検討した結果、反面調査の必要性があると判断し、北洋銀行及び原告の取引先を調査したところ、昭和六二年分の松本建工、木村建設、トラスト建設などの売上について計上漏れがあることが認められた。
相沢は、事前に連絡したうえ、平成二年一〇月一八日、原告の事業所に赴き、反面調査の結果売上金額に計上漏れがあることが分かったことを伝えてその説明を求めると共に、まだ提示していない書類があるのではないかと問いただしたところ、原告は、「分からない。」「知らない。」と繰り返すばかりであった。
相沢は、原告の協力を得られなかったため、引き続き反面調査をする旨伝えて引き上げた(証人相沢、原告)。
(五) 相沢は、平成二年一二月七日、原告の事業所に赴き、原告に対し、売上の除外があった旨伝えてその説明を求めると共に、実額計算をするために必要な帳簿、書類の提示を求めたところ、原告は、最初のうちは「分からない。」「知らない。」と言っていたが、反面調査の実績を示され、「売上の一部を除外して、その除外した売上に係る領収証の控えは破棄した。提示した以外の書類については、捨てたので残っていない。」などと述べて売上の除外を認めたが、帳簿、書類についてはこれを提示しなかった。相沢は、原告に対し、売上金額についての計上漏れがあって売上金額を実額で把握できない以上、推計せざるを得ない旨伝えた(証人相沢、原告)。
(六) 相沢は、推計課税をするため、調査額を算定していたところ、原材料の棚卸しと消費税用の帳簿の有無について確認する必要があると気付き、平成三年二月五日、原告の事業所に赴き、これらの点について質問したところ、原告は、「原材料の棚卸しはしていない。」「消費税用の帳簿は作っていない。」と述べ、棚卸しの事実を明らかにする書類及び消費税用の帳簿を提示しなかった(証人相沢)。
(七) 被告は、原告に対し、右調査に基づいて本件各処分をしたところ、原告は、本件各処分に対し、平成三年三月七日付けでそれぞれ異議申立てをし、これが、平成三年六月二八日付けで棄却されるや、国税不服審判所長に対し、本件所得税の更正等処分については平成三年七月二四日付け(同日受付)で、本件消費税の更正処分については同月二六日付け(同月二九日受付)で、審査請求の申立てをした(当事者間に争いがない。)。
被告は、異議申立て以降の段階で、前記領収証控えの綴り四冊のほかにもう一冊の領収証控えの綴りを提出すると共に、松本建工からのお支払金通知書、支払決定通知書、必要経費にかかる請求書、所得税源泉徴収簿の写し、松本建工等からの受注単価の説明資料等を提出し、また、取引先四件の売上を計上していないことを認めた。また、本訴においても、計上漏れの売上が右以外にも存することを認めた(乙一五、一六、原告)。
2 課税は、帳簿書類に基づく実額に対してされるのが原則であるが、<1>納税者が帳簿書類の備えつけ等をしない場合、<2>帳簿書類の内容が不正確で信頼できない場合、<3>納税者が税務調査に際し帳簿書類の提出を拒む場合など帳簿書類に基づく実額課税が極めて困難な場合には、直接資料によらず各種の間接的な資料を用いて、真実の所得金額に近似すると推認される金額を算定し、これを税法上にいう所得金額として更正決定又は賦課決定することが許される(所得税法一五六条)というべきである。
右1の事実によると、原告は日々の取引が継続的に記入された帳簿を作成していなかったこと、相沢のした税務調査の際、原告が、松本建工らのお支払金通知書、支払決定通知書、必要経費にかかる請求書等の多数の書類を所持していたにもかかわらず、本件各係争年度分についての収支の計算書、北洋銀行の当座預金の照合表、取引先別の売上の領収証の控えの綴り四冊を提示するのみで、領収証の控えの綴り一冊を含めてこれらの書類を提示しなかったこと、原告が、異議申立て後の段階において売上について計上漏れがあることを認めたこと、原告が、相沢に対し、除外した売上に係る領収証は破棄しているなどと述べて、その税務調査に協力しなかったこと、そのため、被告としては、帳簿書類に基づく実額により課税をすることができなかったことが認められ、右事実によれば、本件推計課税の必要性があったことは明らかである。
また、消費税法についても所得税法の場合と同様に推計課税の方法により課税標準額を算定することができるというべきところ、被告は、前記1のとおり、原告の平成元年分の消費税の課税標準額を取引実額で算定することが不可能であったことから、推計課税の方法により原告の課税標準額を算定したものであり、推計の必要性があったことは明らかである。
3 原告は、右認定の売上の計上漏れについて、それは原告が受注した工事を他の業者にそのままの金額で丸投げした工事についての見解の違いである旨主張するが、丸投げした工事以外にも売上の計上漏れがあることは原告も認めている(原告)うえ、丸投げした工事についてもこれを記帳することにより原告の事業の全体像を把握し、真実の事業所得を算定することが可能となるのであるから、これを記帳しなかったことが、本件推計課税の必要性があったことの一要素となることは明らかであり、この点での原告の主張は採用できない。
また、原告は、被告(相沢)のした質問検査について、<1>税務調査の客観的な必要性があったとは認められないこと、<2>最初の臨場にあたって事前通知を行っていないなど、節度のある質問検査の方法を取らなかったこと、<3>原告の加入している民主商工会を敵視し、質問検査について通常の納税者とはことなる対処をしたことなどを挙げて、質問検査が違法である旨主張するが、以下のとおり、右主張は採用できない。
(一) 右1のとおり、被告は、原告の本件各係争年分の所得税の確定申告等によると好況業種であるにもかかわらず収入に比べて所得金額が低いことから、原告の申告内容が適正であるか否かについて調査を行う必要があると認め、相沢に原告の所得税及び消費税の調査を命じたものであり、調査の客観的必要性が存在したと認められる。
(二) 税務職員は、質問調査権を行使するに当たって、調査対象者に対し、実施の日時場所の事前通知をするのが望ましいものであり、本件において、相沢が、平成二年九月一二日に事前に連絡なしに原告の自宅に赴いている点が問題となり得るが、右1のとおり、相沢は、その際、原告が不在であったため、原告の妻に対し、所得税及び消費税の調査に来たことを伝え、事業の概要を聴取しようとしたが、要領を得ないため、同月一九日に再度臨場すること及び確定申告関係の書類を取り揃えておくことを原告に伝えるよう依頼して引き上げたのみであることが認められ、これによると、相沢の調査方法が社会通念上節度を欠き不当であったということはできず、また、事前通知が法律上の要件とはされていないことをも考慮すると、右事前通知の欠如は、相沢の原告に対する質問調査権の行使を違法とするものではないというべきである。
(三) また、相沢が、民主商工会を敵視する税務当局の方針に従って、民主商工会の組織破壊の一環として、推計の口実をもうけて多額の増差を原告に押しつけ、修正に応じなければ更正処分と加算税の報復を加えるという筋書きに基づき、質問検査について通常の納税者とは異なる対処をしたことを認めるに足りる的確な証拠は存在しない。
二 争点2(推計課税の合理性)について
1 各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨によると、被告がした本件推計課税の方法は次のとおりであると認められる。
(一) 被告は、本件類似同業者を抽出して同業者比率法を用いて原告の事業所得を推計したものであり、本件類似同業者は、以下のとおりの経過で抽出された類似同業者と同じ業者である(乙一〇ないし一三、一六ないし三〇、証人平山法幸)。
(1) 札幌国税局長は、同業者比率法の適用の前提として類似同業者を抽出するため、平成五年八月二〇日、原告の事業所所在地を管轄する札幌北税務署及びその隣接署である札幌中・札幌西・札幌南・小樽・岩見沢・滝川の各税務署(抽出対象署)に対し、通達を発し、抽出対象署が管轄する納税者のうち、原告と同業の板金工事業を営んでいる者で、かつ、次のイないしヘまでのすべての項目に該当する者を報告するよう求めた。なお、原告の事業所所在地を管轄する札幌北税務署以外の各税務署について報告をもとめた理由は、札幌北税務署には該当者がいなかったことによる。
イ 所得税の青色申告書を提出している者で、抽出対象署の管轄区域内に事業所を有する者
ロ 板金工事業以外の業種目を兼業していない者
ハ 各係争年分の原材料費の額がそれぞれ次の範囲内にある者。
昭和六二年分 一三六四万四〇〇〇円以上五四五七万九〇〇〇円以下
昭和六三年分 一四〇九万三〇〇〇円以上五六三七万四〇〇〇円以下
平成元年分 一六二五万六〇〇〇円以上六五〇二万五〇〇〇円以下
ニ 年間を通じて継続して事業を営んでいる者
ホ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
ヘ 国税通則法の規定に基づく不服申立てがなされ現在審理中又は訴訟係属中でない者
(2) 抽出対象者の各署長は、右基準に従って類似同業者の抽出作業をしたところ、適合する同業者として、札幌西・札幌南・岩見沢・滝川の各税務署管内の納税者から、別表3のAないしDの「対象者」欄に記載の四名(本件類似同業者)が抽出されたので、平成五年八月二七日ころまでに、札幌国税局長に対し、その旨の報告をした。本件類似同業者の本件各係争年分における総収入金額、原価の額、原価率(総収入金額に対する原価の額の割合)、所得金額、所得率(総収入金額に対する所得金額の割合)は別表3記載のとおりであり、本件類似同業者の平成元年分の総収入金額、課税標準額、課税標準額割合は別表5記載のとおりであった。
(二) 被告は、本件各係争年分の原告の事業所得を、本件類似同業者を基に同業者比率法によって計算し、昭和六二年分が九五〇万一一七一円、昭和六三年分が九八〇万六四三八円、平成元年分が一二一六万〇九三九円と認定して、本件所得税の更正処分をした。
その後、被告は、以下のとおり、本件各係争年分の原告の事業所得を、取引実績額により把握した原告の原材料の仕入金額を基礎数値とし、原価率及び所得率につき右(一)により抽出した本件類似同業者を基に同業者比率法によって計算し、別表1記載のとおりであると認定したが、右所得金額は、本件所得税の更正処分に係る総所得金額を超える額(昭和六二年分及び昭和六三年分)ないしそれと同額(平成元年分)であった(乙一ないし三、二四ないし三〇、証人平山法幸)。
(1) 原告の原材料の仕入先等の調査によると、原告の原材料の仕入金額は、別表2記載のとおりであり、本件各係争年分の年初及び年末における原材料の棚卸金額は、それぞれ同額であると認められるから、本件各係争年分の原価の額は、別表2記載の仕入金額の合計額と同一の金額になり、昭和六二年分が二七二八万九二四二円、昭和六三年分が二八一八万六九一八円、平成元年が三二五一万二三七七円となる(なお、この点は当事者間に争いがない。)。
(2) 本件類似同業者の本件各係争年分の原価率の平均値は、別表3記載のとおり、昭和六二年分が四三・〇七パーセント、昭和六三年分が四二・八三パーセント、平成元年分が四一・六八パーセントとなる。
(3) 右(1)の原告の本件各係争年分の原価の額を右(2)の本件類似同業者の原価率の平均値で除す方法により原告の総収入金額を推計すると、別表1の<3>欄記載のとおり、昭和六二年分が六三三六万〇二〇八円、昭和六三年分が六五八一万一一五五円、平成元年分が七八〇〇万四七四三円となる。
(4) 本件類似同業者の本件各係争年分の所得率の平均値は、別表3記載のとおり、昭和六二年分が一六・二八パーセント、昭和六三年分が一四・九九パーセント、平成元年分が一五・五九パーセントとなる。
(5) 右(3)の原告の本件各係争年分の総収入金額に右(4)の本件各係争年分の本件類似同業者の所得率の平均値を乗じる方法により、原告の本件各係争年分の事業専従者控除額控除前の所得金額を推計すると、別表1の<5>欄記載のとおり、昭和六二年分が一〇三一万五〇四一円、昭和六三年分が九八六万五〇九二円、平成元年分が一二一六万〇九三九円となる。
(6) 原告の昭和六二年分の事業所得の金額は、原告の妻栗原美惠子が事業専従者と認められることから、右(5)の同年分の所得金額から、事業専従者控除額六〇万円(所得税法五七条三項〔平成二年法律第一二号による改正前のもの〕)を差し引き、九七一万五〇四一円となる。
また、昭和六三年分及び平成元年分の事業所得の金額は、事業専従者と認められる者がいないことから、それぞれ右<5>と同額の昭和六三年分が九八六万五〇九二円、平成元年分が一二一六万〇九三九円となる。
(三) 被告は、以下のとおり、本件各係争年分の過少申告加算税の額を算定した(乙五ないし七、証人平山法幸)。
(1) 国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件所得税の更正処分により増加した税額(同法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた金額)である昭和六二年分一七九万円、昭和六三年分一五四万円、平成元年分二二四万円にそれぞれ一〇〇分の一〇を乗じ、昭和六二年分は一七万九〇〇〇円、昭和六三年分は一五万四〇〇〇円、平成元年分は二二万四〇〇〇円を算定した。
(2) 更に、右(1)記載の増加した税額は、本件各係争年分の申告額及び五〇万円をいずれも超えるものであることから、いわゆる加重分の過少申告加算税(国税通則法六五条二項)を徴収する必要があるので、以下のとおり、加重分の過少申告加算税を算定した。
右加算分の過少申告加算税の額は、本件所得税の更正処分により増加した税額(同法一一八条三項により一万円未満を切り捨てる前の金額)である昭和六二年分一七九万二一〇〇円、昭和六三年分一五四万四〇〇〇円、平成元年分二二四万七五〇〇円から、同法六五条二項により五〇万円をそれぞれ差し引き、更に、同法一一八条三項の適用により一万円未満を切り捨てた金額(昭和六二年分が一二九万円、昭和六三年分が一〇四万円、平成元年分が一七四万円)にそれぞれ一〇〇分の五を乗じた金額であり、その額は、昭和六二年分が六万四五〇〇円、昭和六三年分が五万二〇〇〇円、平成元年分が八万七〇〇〇円である。
(3) したがって、過少申告加算税の額は、昭和六二年分が右(1)の一七万九〇〇〇円に右(2)の六万四五〇〇円を加えた額である二四万三五〇〇円となり、昭和六三年分が右(1)の一五万四〇〇〇円に右(2)の五万二〇〇〇円を加えた額である二〇万六〇〇〇円となり、平成元年分が右(1)の二二万四〇〇〇円に右(2)の八万八〇〇〇円を加えた額である三一万一〇〇〇円である。
(四) 被告は、以下のとおり、本件消費税の更正処分をした(乙八、一五、一六ないし三〇、証人平山法幸)。
(1) 被告は、取引を実額で把握することができた原告の原材料の仕入金額を基礎数値として、同業者率、すなわち、類似同業者の原価率、課税標準額割合の平均値を適用して原告の課税標準額を算定した。
(2) 原告の消費税の推計にかかる類似同業者は、事業所得にかかる本件類似同業者と同じである。
(3) 平成元年分の原告の課税標準額は、以下のとおり、取引実績額により把握した原告の原材料の仕入金額を基礎数値として、原価率及び所得率につき本件類似同業者の原価率、課税標準額割合の平均値を適用して計算し、別表4記載のとおりであると認定した。
イ 平成元年分の原価の額は、三二五一万二三七七円である(当事者間に争いがない。)
ロ 本件類似同業者の平成元年分の原価率の平均値は、四一・六八パーセントである。
ハ 右イの原告の平成元年分の原価の額を、右ロの同年分の本件類似同業者の原価率の平均値で除す方法により原告の平成元年分の総収入金額を推計し、別表4の<3>欄記載のとおり、原告の平成元年分の総収入金額を七八〇〇万四七四三円と認定した。
ニ 本件類似同業者の平成元年分の総収入金額、課税標準額及び課税標準額割合(総収入金額に対する課税標準額割合)は、別表5のAないしDに記載のとおりであり、右課税標準額割合の平均値は、八九・二一パーセントである。
ホ 右ハの原告の平成元年分の総収入金額に右ニの同年分の本件類似同業者の課税標準額割合の平均値を乗じる方法により、同年分の原告の課税標準額を推計し、課税標準額を、別表4の<5>欄記載のとおり、六九五八万八〇〇〇円(国税通則法一一八条一項の規定に基づき一〇〇〇円未満を切り捨てた金額)であると認定した。
2 次に、本件推計課税が合理的であるか否かについて判断する。
(一) 本件推計課税において用いられた同業者比率法は、比較的信頼性が高い推計方式として多く用いられているものであり、推計方式として合理性を有すると認められる。
(二) 同業者比率法を用いて推計課税をする場合、できるだけ真実の所得に近似した数値が算定され得るような客観的推計方法を採用することが必要であり、殊に、類似同業者を抽出するに当たっては、同業者の類似性(業種、業態の同一性、法人・個人の別の同一性、事業所所在地の近接性、事業規模の近似性)、資料の正確性(同業者が青色申告者であること、一定期間同種事業を継続していること、申告が確定していること)、抽出過程について課税庁の思惑や恣意の介在する余地がないこと、比準同業者数(選定数)が合理的であることが必要である。そして、原告は、本件各係争年分について、石狩郡石狩町花川南に事業所を構え、専ら板金工事業を営み、かつ、年間を通じて営業していた者であるから(証人平山法幸、原告、弁論の全趣旨)、類似同業者の抽出に当たっては右事情を重視すべきである。
被告は、右二1で認定したとおり、原告の事業所所在地を管轄する札幌北税務署及びその隣接署である札幌中・札幌西・札幌南・小樽・岩見沢・滝川の各税務署(抽出対象署)が管轄する納税者であって、原告と同業の板金工事業を個人で営んでいる者のうち、次の(1)ないし(6)までのすべての項目に該当する者から本件類似同業者を抽出したものであるが、これは、前述した同業者の類似性、資料の正確性といった要件を具備しているというべきである。また、本件類似同業者の抽出は、いわゆる通達・回答方式で行われたものであり、抽出に当たっては、抽出対象署が通達に定められた要件を充足する類似同業者を機械的に選定するのみであるから、そこに課税庁の思惑や恣意の介在する余地は存在しないと認められる(乙一七ないし三〇、証人平山法幸)。更に、本件類似同業者は合計四名が抽出されているが、これは、抽出対象署内の通達に定められた要件を充足する業者全員であるから、比準同業者数が少なきに失するということはできない(乙一七ないし三〇、証人平山法幸)。
(1) 所得税の青色申告書を提出している者ので、抽出対象署の管轄区域内に事業所を有する者
(2) 板金工事業以外の業種目を兼業していない者
(3) 各係争年分の原材料費の額がそれぞれ次の範囲内にある者。
昭和六二年分 一三六四万四〇〇〇円以上五四五七万九〇〇〇円以下
昭和六三年分 一四〇九万三〇〇〇円以上五六三七万四〇〇〇円以下
平成元年分 一六二五万六〇〇〇円以上六五〇二万五〇〇〇円以下
(4) 年間を通じて継続して事業を営んでいる者
(5) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者
(6) 国税通則法の規定に基づく不服申立てがなされ現在審理中又は訴訟係属中でない者
(三) 以上によると、本件類似同業者の原価率及び所得率の平均値を適用して原告の事業所得の金額を推計することには合理性があると認められる。また、原告の平成元年分の消費税の課税標準額は、右と同様の手法により推計されたものであり、その推計方法は合理的であると認められる。
本件推計課税に基づく原告の本件各係争年分の総所得金額は、別表1の<7>欄記載のとおり、それぞれ同年分の事業所得と同一であり、本件所得税の更正処分に係る総所得金額(昭和六二年分が九五〇万一一七一円、昭和六三年分が九八〇万六四三八円、平成元年分が一二一六万〇九三九円)を超える額(昭和六二年分及び昭和六三年分)ないしはそれと同額(平成元年分)であるから、本件所得税の更正処分はいずれも適法であり、また、本件賦課決定処分についても、右二1(三)のとおり、法令の規定に従い、適正にされたものであり、その加算税の額が本件賦課決定処分の加算税の額と同一であるから適法であり、更に、原告の平成元年分の消費税の課税標準額は4のとおりであって本件消費税の更正処分の課税標準額と同一であるから本件消費税の更正処分も適法であると認められる(乙五ないし八)。
3 次に、本件推計課税の合理性についての原告の主張に対し付加して説示する。
(一) 原告は、被告提出の書証(乙一七ないし三〇)について、これが本訴提起後に本件各処分を維持するために作成されたものであり、信用性のある証拠とはいえない旨主張する。しかし、右各書証が本訴提起後に作成されたことはその作成日付から明らかであるが、右各書証は、いわゆる通達・回答方式に基づき、抽出対象署が通達に定められた要件を充足する類似同業者を機械的に選定した結果を記載したものであるうえ、税務担当者によって右記載が右類似同業者の青色申告書及び消費税の申告書の各写しと比較して正確であることが検証されているものであって、そこに課税庁の思惑や恣意の介在する余地は存在しないと認められ(乙一七ないし三〇、証人平山法幸)、これが本訴提起後に作成されたことの一事をもってその信用性が否定されるものではない。
(二) 原告は、被告が、本件推計課税の基礎となる本件類似同業者の氏名等を明らかにしないため、同業者の抽出が適正であるか否かを検討することができず、原告は有効な反証の手段を奪われることになり、不公正である旨主張する。しかし、被告は、所得税法二四三条等の規定に基づき守秘義務を負っているのであって、本件類似同業者の氏名等を明らかにすることは原則として許されないものであるうえ、本件類似同業者は、前記二1(一)(1)記載のとおりの要件を充足する者から抽出されたものであり、右要件を基にして同業者の抽出が適正であるか否かを検討することは必ずしも困難ではないと認められるから、原告が有効な反証の手段を奪われるということはできないし、本件類似同業者の氏名等を明らかにしないことが不公平であるともいえない。
(三) 原告は、本件推計課税をする手順として最初にされた板金工事業者の抽出は、申告書の業種名目を基にされたものであるが、これは納税者の申告に基づくものであるから必ずしも原告と同種の屋根板金工事業者のみであるとの確実な保証はなく、また、本件類似同業者が基準に従って正しく抽出されたことの検証もされていないものであって、本件類似同業者が原告と比較すべき類似同業者に当たるということはできない旨主張するが、本件類似同業者ないしその抽出対象の範囲に属する者は、いずれも青色申告者であって、かつ、申告が確定している者であるから(乙一七ないし二三)、納税者の申告に基づくものであるからといって申告書の業種名目が実体を反映していないということはできず、また、抽出の過程に課税庁の恣意等が介在していないことは前記二3(一)記載のとおりであって、本件類似同業者が原告と比較すべき適格を有していることは明らかである。
(四) 原告は、ハウスメーカーである松本建工からの発注が大部分を占めているところ、松本建工からの受注単価が他の一般建物を扱う工務店からの受注単価と比較して一〇パーセントないし一五パーセント低く、他方、仕入価格が定価で固定されているため、利益率が低くならざるを得ないという特殊性が存在するのに対し、本件類似同業者には、ハウスメーカーを取引先とする業者は含まれていないと推認され、本件類似同業者の原価率をもって原告の原価率を推計することは不合理であって許されない旨主張する。ところで、ハウスメーカーの受注単価が一般に他の一般建物を扱う工務店からの受注単価と比較して一〇パーセントないし一五パーセント低いことを認めるに足りる証拠はない(原告は松本建工以外のハウスメーカーと取引している訳ではないので、原告の供述をもって右事実を認めることはできない。)から、原告の主張は、要するに松本建工からの受注単価が他の一般建物を扱う工務店からの受注単価と比較して一〇パーセントないし一五パーセント低いということに帰すると認められる。しかし、後記三のとおり、原告提出の証拠によっては原告の真実の総収入金額、松本建工からの受注金額、受注単価を確定することができないから、工事全体に占める松本建工からの受注割合が大部分であって、しかも松本建工からの受注単価が他の一般建物を扱う工務店からの受注単価と比較して一〇パーセントないし一五パーセント低いこともこれを認めることはできない。そして、同業者比率法による推計の場合には、受注割合の違い等の業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値を求める過程で当然包摂されると考えられるから、それが当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度のものでない限り無視し得るところ、本件全証拠によっても、原告について、そのような営業条件の差異が存在するとは認められない。
なお、原告は、松本建工からの受注単価が低く、本件各係争年分の所得が少ないため、借入等が増大したことを指摘するが、借入等の増大は資産の増減等と関連するものであり、借入等の増大の事実のみをもって松本建工からの受注単価が低いことを推認することはできない。
(五) 原告は、被告が、所得率の推計について、一般経費と特別経費とを区別しないで一括して推定していることを非難するが、被告は、板金工事業以外の業種目を兼業しておらず、各係争年分の原材料費の額が原告の申告額に近い者(原告の申告額の半分から二倍までの者。すなわち、事業規模の類似している者)であって、年間を通じて継続して事業を営んでいる者の中から本件類似同業者を抽出しているのであって、本件類似業者は、特別経費についても原告と類似していると推認されるから、右非難は当たらないというべきである。
(六) 原告は、本件推計課税に用いられた本件類似同業者の原価率が実際の原告の原価率と大きく乖離しており、後者が前者よりも大幅に高いから、この面からも本件推計課税に合理性はない旨主張するが、後記三のとおり、原告主張の原価率を認めることができないものである。
(七) 以上の次第で、原告の主張はいずれも採用できない。
三 争点3(実額反証の成否)について
原価率、所得率等に関する原告の実額により反証の主張は、以下のとおり、採用できない。
1 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のある工事について
原告は、松本建工から受注した工事の原価は、屋根板金工事に必要とされる材料の種類と分量が特定され、材料の仕入先、仕入単価が固定されているため、工事用に松本建工から交付された図面から正確に計算することが可能である旨主張し、これを前提に実額の主張をするものであるが、原告の右主張には、以下のとおり多数の疑問点が存し、にわかに採用し難い。
(一) 原告は、松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲一ないし一四一、三一五ないし四四〇、五六七ないし六九四)及び松本建工が原告に交付した註文書(甲一四二ないし二九七、四四一ないし五六六、六九五ないし八二二)とは順次対応する関係にある旨、松本建工の工事代金の内訳は別紙一(甲八二五)のとおりである旨それぞれ主張するが、
(1) 別紙一(甲八二五)は昭和六二年のものであって昭和六三年及び平成元年の工事代金の内訳が別紙一(甲八二五)のとおりであるか否か疑問があること
(2) 松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料に記載された工事金額と別紙一(甲八二五)の工事原価に従って計算した工事金額とが齟齬するものがあること(甲二、三四六、四三八、五六四、六五八)
(3) 松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲六八九)及び松本建工が原告に交付した註文書(甲八一七)とこれに対応する松本建工作成の支払決定通知書(甲九一四、九一九)との間に建築主の点で齟齬があること
(4) 松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料(甲六七八)とこれに対応する松本建工作成の註文書(甲八〇六)の現場が異なっていること
(5) 松本建工が原告に交付した註文書(甲五二七、六八八、七七八)に対応しない松本建工作成の支払決定通知書(甲八七八、九一六、九二〇、九二一)があること
(6) 松本建工が原告に交付した註文書(甲七八五)に対応する松本建工作成の支払決定通知書(甲九二一)の工事金額が異なっていること
(7) 原告主張の書証のうち、松本建工作成の書証として提出されながら、実際には原告が作成した書証が多数あること(甲一四二、四五九、四七八、五一二、七〇〇、七二七、七六九、七七一、八一二、八一三、八一五、八一七ないし八二二)
以上の事実を考慮すると、松本建工から交付されて現に保存する図面に原告が原価計算を記入した資料及び松本建工が原告に交付した註文書、松本建工の工事代金の内訳に関する別紙一(甲八二五)の記載は、いずれもその信用性に疑問があるといわざるを得ない。
(二) 原告は、屋根板金工事に必要とされる資材の名称と形態は、別紙二(甲八二三)のとおりであり、これら資材の仕入単価は、別紙三(甲八二四)記載のとおりである旨、右資材の仕入単価は、仕入先である株式会社粟谷商店作成の「請求内訳書」(甲八二七ないし八三七、一三九三、一三九六ないし一三九九、一四〇二ないし一四〇五、一四〇七)及び株式会社高伸商事作成の「請求内訳書」(甲八三八ないし八四六、一三九二、一三九四、一三九五、一四〇〇、一四〇一、一四〇六)により裏付けられる旨主張する。しかし、資材の仕入単価を記載した別紙三(甲八二四)は、原告本人の供述によっても、一番取引の多い問屋からの取引における単価を記載したものであって、他にも単価の安い仕入先があることが認められるうえ、別紙三(甲八二四)と右「請求内訳書」(甲八二九、八三四)とで単価が違っているものも存することからしてその信憑性に疑問があり、また、株式会社粟谷商店作成の「請求内訳書」中には明らかに日付を遡らせて作成されたと認められるものが存在する(甲八三七。「請求内訳書」の用紙の作成年月が昭和六三年六月と推認されるのに「請求内訳書」の作成日付が昭和六二年一二月六日となっている。)ことを考慮すると、原告の右主張はたやすく信用できない。
2 松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事について
原告は、松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事の工事金額は、註文書、支払通知書、請求書(甲一五〇、一八〇、一九一、二〇〇、二〇一、二〇三、二〇四、二〇九、二四八、二五一、二九七、三〇〇、三〇二ないし三〇四、三〇六、三〇八、三一四、八四七ないし八六九、八八一ないし九一一、九一八)により算定可能である旨、図面の保存のない工事についても、図面が保存されている工事と同様にその原価率は五三・五パーセントと見るのが相当である旨主張し、これを前提として松本建工から受注の一般工事で図面の保存のない工事についての実額を主張している。しかし、図面が保存されている工事についても右2のような疑問点があり、たやすく信用できないうえ、図面が保存されている工事についても個々の工事における原価率については九四・七七パーセント(甲四三八)から三八・一八パーセント(甲六六三)まで大きなばらつきがあり、図面のない工事の原価率が図面の保存されている工事から算定した原価率の平均値と同じであるとするには疑問が存すること、加えて、原告主張の書証のうち、松本建工作成の書証として提出されながら、実際には原告が作成した書証が多数あること(甲八四八、ないし八五一、八八二、八八三、八八五、八九一、八九六、八九七、九〇五、九〇六、九〇九)を考慮すると、原告のこの点での主張はたやすく信用できないというべきである。
3 松本建工から受注のアフター工事について
原告は、松本建工から受注のアフター工事金額は、「お支払金通知書」、「請求書」(甲二九八ないし三一〇、三一三、三一四、八七二ないし八八一、九一一ないし九二二)及び「註文書」(甲二八四)により算定可能である旨主張する。しかし、右「お支払金通知書」等の記載のみからアフター工事の金額を抽出して算定することは困難であり、右主張は採用できない。
4 松本建工以外の工務店から受注の工事について
(一) 原告は、松本建工以外の工務店から受注の工事のうち、証拠上(甲一三八〇)工事原価が明らかなものがある旨主張する。しかし、右書証を検討しても、工事代金に対応する工事原価の額を確定することができないから、右主張は採用できない。
(二) 原告は、松本建工以外の工務店から受注の工事のうち、原価が明らかでないものに関し、工事原価が明らかなものについての原価率を用いて工事原価を算定しているが、右(一)のとおり、工事原価が明らかなものについても工事代金に対応する工事原価の額を確定することができないのであるから、右工事原価の算定方法には信用性がないといわざるを得ない。
(三) 原告は、当初主張していた収入金額以外にも計上漏れとなっていた収入が存在したこと(甲一三七七の二七枚目の一〇月二日のカワマタタカシ、乙三六、三七、三八の1ないし3)を認めているところ、それ以外にもマツケンカコウ等について計上漏れがあると認められ(甲一三七七の八枚目の三月三一日の二万四八〇〇円の振込、甲一三八二の一八枚目の六月三〇日の二二万三六二〇円の振込)、原告主張の受注額が松本建工以外の工務店から受注の工事のすべてであるのかについて疑問が存する。
5 所得率について
原告は、昭和六二年分の必要経費は合計二五九一万五一三一円、昭和六三年分の必要経費は合計二四四五万二四四二円、平成元年分の必要経費は合計三二四七万一五二〇円である旨主張する。しかし、水道光熱費、交際費、交通費、雑費及び福利厚生費の一部などで概算計上したものがあること(原告)、人件費について従業員の就労状況、賃金の計算根拠についてこれを記載した帳簿書類等がなく、書証上からこれを明らかにできない部分があること、原告は、審査請求の段階で、平成元年分の必要経費が合計三一三五万〇四九七円である旨の本訴とは大きく異なる主張をしていたこと(乙一六)を考慮すると、原告の本件各係争年分の必要経費が原告主張のとおりであると認めるには疑問が存する。
6 課税標準額について
原告は、昭和六四年一月一日から平成元年一二月三一日までの課税期間の消費税の課税標準額は五三〇三万一〇〇〇円である旨主張するが、前記のとおりその基となる原告の平成元年分の総収入金額の主張につき、計上漏れ等の問題があることを考慮すると、原告の右主張はたやすく採用できない。
7 右1ないし6の事実に加えて、原告が会計原則等に照らし、正規の簿記の原則に従って作成された会計帳簿又はこれに準ずる帳簿書類等を提出していないことを考慮すると、原告の実額による反証はこれを認めることができないというべきである。
四 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小林正 裁判官 福島政幸 裁判官 柴田誠)
別表1
事業所得の金額の計算
<省略>
別表2
収入金額明細表
<省略>
別表3
同業者比率表
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別表4
課税標準額の計算
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別表5
課税標準額割合表
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別紙一
御見積書
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別紙二
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別紙三
甲第824号証 昭和62年度 工事図面の積算根拠(資材仕入単価)説明書
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別紙四
昭和62年分 売上明細、工事原価および原価率表
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昭和62年度松本建工株式会社からの図面に基づく工事金額と工事原価分
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別紙五
昭和63年分 売上明細、工事原価および原価率表
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昭和63年度松本建工株式会社からの図面に基づく工事金額と工事原価分
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別紙六 平成元年分 売上明細、工事原価および原価率表
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平成元年度松本建工株式会社からの図面に基づく工事金額と工事原価分
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